69号から

特集 刀剣婦人 (一)

よき御縁にみちびかれて

舎林店主
山田冨美子
 初めてお刀を手に取らせて頂いたのは2005年のことでした。お刀は「左文字」と「河内國平先生の太刀」の二振り。緊張でかちかちになりながらも光にかざして拝見したお刀の美しさに息をのみました。
 静かでやわらかなたたずまいに、それまで持っていた「刀は硬いもの」というイメージが吹っ飛んでしまいました。このお刀との最高の出会いの場を作って下さったのは江川先生(注)でした。最初のきっかけは「美術館などでお刀が展示してあってもちっとも解りません。お刀の見方を教えて頂けませんか?」とお願いした事でした。
 それ以後 先生から五か伝のこと、地鉄のこと、刃文のことなどを丁寧にご指導頂いたにもかかわらず不出来な生徒には沸や匂、映りといったお刀用語はあまりも難解でした。
 美術館でお刀に光があたるように体の位置をかえながら拝見しては「きれいだなあ・・・」と、それだけで十分満足していました。そんな私に第二のきっかけを作って下さったのも江川先生でした。先生のお陰で2012年8月に河内先生の鍛刀場をお尋ねする機会に恵まれました。
 一泊二日の東吉野行き、総勢六人で遠足の様に浮き浮きと出かけた私はそこで大きな衝撃を受けました。
 河内先生の奥さまに案内されて入った真っ暗な鍛刀場の張りつめた空気、息をする事さえはばかられるような緊張感の中、目の前で行われている刀の鍛錬を身じろぎもできずに見ていました。
 河内先生の姿を初めて拝見した私は何と厳しくて怖そうな方なのだろうと思っていました。
 その後、見晴らしの良い明るいお部屋で玉鋼の事や子どもたちの山村留学のお話をして下さった河内先生はにこにこと気さくでおしゃべり、先ほどとのあまりのギャップに戸惑いながらも私までがつられたようににこにこしていました。
 翌日はたくさんのお刀を拝見しながら河内先生や奥さま、お弟子さんの金田さんにお話を聞いたり質問したり、私たちにはあっという間の楽しい二日間でしたが、お忙しい河内先生にはご迷惑をおかけしたかもしれません。貴重なお時間を割いて下さった事に改めて心よりお礼申し上げます。
 この二日間を機にお刀に向き合う気持ちが変わりました。江川先生いわく『一気に火が付いた』そうです。お刀の事をもっともっと勉強してお刀が見えるようになりたい。思いはどんどん強くなりました。またまた江川先生にお願いして日本美術刀剣保存協会大阪支部に入会させていただきました。
 毎月の研修会は五振りの名刀を前に、まず姿を拝見して作られた時代を判別し、地鉄や刃文を見て国や流派さらには刀工名まで推察して入札という手順で進むべきものなのですが、とても難しくなかなか入札する事ができません。
刀剣鑑賞中の筆者
 入会前の意気込みは何処へやら「しばらくは名刀を拝見できるだけで十分」などと横着に構えていましたが入会からそろそろ二年、さすがにこのままでは恥ずかしいと感じ始めました。『自信が無いからと見学を決め込むのは一番良くありません。』貴重なアドバイスを頂きながらも思い切って入札することができません。その原因が勉強不足で知識が無い事にあるのは明らかなので、「これからはきちんと入札をするためにしっかりと勉強をします。
 それが導いて下さった江川先生や河内先生へのご恩返しなると思います」そう心に誓う私のかたわらで、「そんな大口をたたいて大丈夫?自分の首を絞めるに等しい行為だよ、あなたは怠け者だよ」もう一人の私が心配してつぶやいています。初めてお刀に出会って十年、ようやくお刀の世界の入り口に立てた様な気がします。
 展覧会などで絵画や書や工芸美術品を鑑賞する機会はたくさんありますが、お刀は中々そういう機会がありません。
 私は幸いにもよき先生に恵まれ教えを受けることができました。永きにわたって人の手から手へと大切に守られ伝えられてきたお刀を敬い、感謝の心をもって拝見できる幸せを教えて頂きました。
 本当にありがとうございます。これからもよろしくお願いいたします。

(注)江川先生・・医師・日本美術刀剣保存協会大阪支部長