63号から

もう五年 まだ五年

平尾紘一
 私の孫が河内師匠のもと、今年で五年間修行をしてきました。
 この五年は刀鍛冶の為の修行と言うよりは、人間として最低限身に着けなければならない作法、知識、常識そして刀鍛冶としての基本的技量を習得する時間だったと思っています。
 言い換えればこれからが真の意味で『刀鍛冶の世界に身を置くのだ』という強い意志と、心構え、そして今まで以上の修行が必要で、これからの世界は技量だけでなく精神的にも強く、奥行きのある人生を師匠から学ぶのだという気持ちを大切にしてほしいものです。
 私にとってもこの五年間、河内師匠とお会いするたびに鮮烈な印象と自分とは違う世界の新鮮さに心ときめくのを感じています。
 その世界に若い孫がけなげに、しかも真剣に日々生活をしていると思うと少し自慢です。
 先日会った時、彼の一日の仕事ぶりを聞いてみました。
 朝五時三〇分ごろ起床、身の回りの整理、食事、仕事場のいろいろな準備、清掃、ほどなく師匠が仕事場へ、そこで一日の仕事の指示があるものと思われます。
今では自分の仕事場があり、そこで師匠の教えを請いながら見よう見まねでしょうか自分なりに修行をしているとの事、  また『鍛錬』のある時は、その準備、段取り、そして炭割り、一鍛錬では約二俵程度使用するそうで、炭の原料は『松』との事、しかし今は炭屋さんもバーべキュー用で忙しいらしくなかなか手に入りずらいようです。こんなところにも景気の良さがあらわれているみたいです。
 『鍛錬』を見学したのはおよそ一時間ほどですがその荘厳さ、厳正さはそこに居た人しか体験できません。
 機会があればぜひ一度見学をお勧めします。こんなこと勝手に言っていいのかな? 尚、普段夕方六時頃仕事は終わり、仕事場の整理、整頓、清掃、これは普通の会社とまったく同じ当然のことです。
 ところが今の若い人の中にはこんなことも知らない人が居るらしく、師匠も弟子の扱いに苦労された事もあるそうです。
左より 祖父母、妹、金田君、母
 これで一日の仕事は終わり?これではサラリーマンと同じです。弟子はこれからが大切な時間、むこう鎚の練習、(重さ約七キロ、それを振上げて手のひらぐらいの面に正確に打ち込む)近所の人もこの練習の音を聞いているみたいです。
 さらに刀の鑑定の為の真剣で集中した勉強、習った事の絶え間ない復習、そして大事なことは、つらいと思ったとき、怠けたいと感じたとき、どう乗り越えていくか、これを何度も経験することで、刀鍛冶の弟子として大きく成長していくものと期待しています。 
 河内師匠のお話を聞いていると、この世界の奥深さ、難しさ、そして厳しさが生半可な気持ちでは到底なしえないことと知らされます。しかし我々普通の人間にとってできない世界だけに、よけい関心を抱くのですが、孫はその世界の一流の人物のそばで修行中です。ぜひ師匠の生き様、言葉、そして立ち位置全てを、この若い弟子に伝授していただければと心から願うものです。
 そして孫である若き弟子に一言、おごらず、真摯に、真面目に努力して君にとっての世界を創造してください。君の人生これからずーと長く、希望に満ちています。
 どう進むかは君次第、誰にも迷惑をかけず堂々と、そして生き生きと!
 遠く佐賀より暖かく、そしてはらはらしながら見守っています。 祖父より  二〇一三年五月一八日