57号から

桜花(二)

リッチ・リー(RICH・LEE)

 臼井氏は、河内國平先生とコンタクトできそうだと伝えてきました。私は非常に興味を引かれると同時に、その内容に大変驚きました。私の知る限り、近代日本において作刀家としてやっていける人は数少なく、さらに河内國平先生は作刀技術の再構築に関して造詣の深い、かつ国際的な専門家であられるからです。私は先生が数少ない無鑑査と評される刀匠であることも知っておりました。二人の人間国宝の方から学んでおられるため、議論を呼ばれたことも本で読みました。
 さらに河内國平先生が将来人間国宝の候補とさえなり得ることも理解しております。
 私は、世界でもトップ・レベルの刀匠として知られるそのような方が、日本刀の専門家でもなく、有名な収集家でもなく、まして日本に住んでいない外国人を御相手して頂けるとは、到底信じられませんでした。  私は河内國平先生に返事をするのが、大変誇らしくもあり、少し怖くもありました。当時、刀匠が私に対していろいろと返事を下さるとは思っておりませんでしたし、ましてや、御自ら私のために作刀頂けることなどまったく期待しておりませんでした。
 河内國平先生から頂く手書きの文はどれも大変美しいものでした。私は読むことができませんが、頂いた一つ一つの文を作品のように長い時間見つめておりました。
 臼井氏は、それぞれについて翻訳することで、通訳として対応しておりました。その内容から、河内國平先生が、師匠としても素晴らしい人であることを理解しました。
 私は、先生が辛抱強く対応頂いたこれらの文から、日本刀についてたくさん学ぶことができました。私の河内國平先生への希望は、先生から学ぶ習練中の作刀家の方を御紹介頂くことでした。
 河内國平先生が文による対応において、様々な日本刀のデザインについて御教示くださったため、私は、改めてたくさんの本を読みなおす機会を得、さらに理解を深くしていきました。こうしたやり取りを続けているうちに、河内國平先生も私に対して興味を引かれていることがわかってきました。私がどのような仕事をしており、どのような刀に興味を持っているのか尋ねられていたからです。
 河内國平先生が、いつ私のために作刀頂けることに合意頂けたのか覚えておりませんが、その可能性があると知ったときの喜びは覚えております。
 私は臼井氏に、何度も正しく訳しているのか確認しました。臼井氏が通訳する以前の誤解、もしくは訳された内容を私が誤認識しており、河内國平先生がまったく違うことをおっしゃられているのではないかと心配だったのです。
 その後の先生からの返事は、直接的ではないものの、先生が作刀に同意頂いている内容を確認でき、お互いに誤解による問題とならないものでした。
 このときになって、ようやく私は河内國平先生が私のために作刀頂けるのだと認識することができたのです。
 私は刀を所持しているほとんどの人たちが、正確に自分の好みを理解していることを認識しました。河内國平先生が私にどのようなスタイルの刀に興味があるのか尋ねてこられたことを思い出します。私は、スタイルを指定するのを断りました。ミケランジェロに対してシスティーナ礼拝堂の天井に何を描くか指示するようなものだからです。
 その代わり、河内國平先生が、いつも作りたいと思われているものを作刀するようお願いしました。先生は私の意図を御理解くださいましたが、私が後悔することを恐れて何度も再確認をされました。
 私の回答は、常に同じでした。
 この結果、先生から美しい刀紋の素晴らしい太刀を推薦頂き、私はこれを大変気に入っております。
 河内國平先生は、作刀の過程を一つ一つ丁寧にお伝えくださいました。先生は、古い玉鋼を用いるとご説明くださいました。工程が進む中で、大事なステップの際にはご連絡を頂けました。
 河内國平先生が、なかごの仕上げ案をご送付くださったとき、私は自分の名前が判それは英文字で刻まれており、当初これ読できることに大変驚きました。
は相応しくないと思いました。しかし、その後の河内國平先生とのやりとりにおいて、これは為名といって依頼者の名前が入るべきであり、当刀にふさわしいと説得頂きました。
 今では英語圏の人々に見せた際、皆が私のものであると理解することができるため、大変喜んでおります。
 河内國平先生は、拵えのために黒色の鞘を選び、さまざまな品をご用意くださいました。拵えについても、見るたびに楽しませて頂いております。先生は、刀を桜花と名付けました。
 これは本刀の魂と本質の真髄を示しており、相応しい名前であります。
 米国から刀を受け取りに河内國平先生の工房に伺ったのは、非常に美しい日でした。河内國平先生の桜花と素晴らしい拵えに対する御気遣いに、光栄至極でした。  河内國平先生の桜花は、生涯一生の宝物です。  桜花を見るたびに、最終的に刀に出会えるまでにかかった二年間の素晴らしい思い出がよみがえります。
 河内國平先生は、期待以上の素晴らしい方であり、感謝します。私は、先生が私の夢をかなえてくださったこと、それにも増して重要なのは、将来人間国宝とさえなり得る無鑑査クラスの先生と出会うことができたこと、さらに素晴らしい出会いと関係が今日も続いていることに深く感謝しております。