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佳兆(かちょう)

51号から
 
 
刀が教えてくれたこと
 四月半ばに河内國平さんの展覧会とトークショーの案内葉書が届いた。
 時間割で物理的に拘束される教員の宿命で、展覧会どころか銀行や役所の用事も滅多に行くことができない。今回もそうだろうと諦めかけたところ、よく見ると、最終日が祝日だ。しかし、素直に喜んでスケジュールを埋められなかった。刀のことはわからない。予備知識もなく、寒々とした陰気な展示しか見たことがない。中学生時代に友達と、江ノ電一本で行くことのできる鶴岡八幡宮境内の美術館に母の手弁当を持って何度も通ったほど、根っからの美術好きの私でも、いままで刀の展示を見て何か心に訴えてきたことがなく、相当勉強しなければわからない難解で近寄りがたい印象しかなかった。 しかし、河内さんはきさくで話の面白い人で、滅多にない機会だからぜひ会いたい。結局、行くと決めたものの、刀から何か感じることができるのか、会場に着くまでとても不安で、建物の前に着いても一瞬入るのをためらったくらいだ。
 しかし、これは杞憂に終わった。当日河内さんは大勢の知人やファンへの対応にお忙しく、一言程度言葉を交わすことができただけ。心残りで仕方がないので、言い切れなかった感想を手紙にして送った。それで、いまこの原稿を書いている。
 こんな驚くべき展開になったのは、刀そのものの物としての美しさが私に直截的に伝わり、素直に感じることができたからだ。そういえば、ガラス越しでなく直接真剣を見たことのある母が「刀はほんとうにきれいだ」と言っていたのを思い出した。戦前祖父が趣味で日本刀を持っていて、手入れをしているときに偶然母が部屋に入ってひどく叱られたときだ。母が言った「刀はきれいだ」が私にも初めてわかった。
 伝統工芸はそもそも現代日本人の生活から遠い存在だが、刀ほど心理的距離が遠いものはないのではないか。私は幼少より日本舞踊を習い、いまでは大学授業に取り入れ、仕事や外出にもしばしば和服を着る。毎日台所で包丁を使い、ボタン付けや裾上げや半襟付けに握り鋏を使い、月二回玄関に花を活けるときに花鋏を、庭では剪定鋏を使う。そんな私でもこの有様だ。調理や洋服の修繕をせず、生け花や剪定もしない人にとって、伝統の鍛冶作品はとても遠い存在だ。ましてや刀剣はその先にあるものだ。そんなに遠いわけのわからない存在が一気に距離がなくなったのは、今回の展示と対談のおかげだ。だからこそ、今回の経験に学んで、三つの立場の人にそれぞれ一つずつお願いしたいことがある。
 刀を見る人は、海外の観客のように先入観なしに見る。何も考えず、とにかく作品そのものに向き合うことが第一だ。知識は必要を感じたときに学べばよい。
 展示する側は、刀の美しさを最大限に引き出すような展示方法を工夫してほしい。今回の展覧会は、照明と展示方法が一般的な刀剣展示とは違うように感じた。また、絵画と同じように一つずつ額装して壁に掛けることで、ガラスケース越しに見るよりも観客と作品の距離がぐんと縮まった。時代劇で刀は手にとってためつすがめつ鑑賞する。それに近い展示ができればいちばんいい。
 制作に携わる人は、河内さんのように毎日の作業の具体的な話を、小さなことでもいいから何でもしてほしいし、それを継続してほしい。対談、DVD、ブログ、「佳兆」のような印刷物など、発信方法は多様な方がよい。具体的な話は共感者を増やす。
 その例を一つ。対談で河内さんは、炭を使わない生活をしている現代人が焼いた炭は、見本に送った炭と見た目がそっくりでよくできていても、使ってみたら使い物にならないというお話をされた。 生活の中から炭がなくなると刀が作れなくなる。似たようなことを私も感じている。和室のない家で育った学生が授業で立つ・座るという動作をすると、途中に片足を半歩引く動作や跪座があることを知らず、両足揃えて勢いよく一挙に動く。すると頭が大きく動いて見苦しい。しかし本人は見苦しいという感覚もない。和服を着て歩くときや日本舞踊のときには、重心や足運びが洋服のままでは円滑に動けず、無理な姿勢を我慢することにもなるが、服装によって重心が異なることを知らない。
 炭の話も授業の例も、技術、意識、身体技法といった言語化されない伝承の途切れによるものだ。いまや電車内化粧が当たり前の風景になり、それを見て育つことで、「化粧は電車でもするものだ」という意識と風習が伝承されようとしている。電車内化粧は公衆の面前で着替えるのと同じ行為で、恥ずかしくみっともない上に周囲への気配りを著しく欠く。しかしそういう意識も伝承されなくなっている。昔から「刀は武士の魂、鏡は女の魂」と言うように、河内さんの刀作りからも、私の専門の化粧文化研究からも、言語化できない伝承を再認識して後輩や子孫に伝えることが、私たち大人の重要な役割だと痛感する。
 
石田 かおり〈略歴〉

被服環境学博士・駒沢女子大学人文学部准教授・資生堂客員研究員。

博士課程までの西洋哲学を応用した哲学的化粧論・身体文化論の研究。おもな著書『化粧と人間』・『お化粧大研究』・『京のはんなり、江戸は粋』。毎日新聞・『美的』・『クレアボー』などに連載。 大学では日本舞踊藤間流師範名取ときもの文化検定3級をいかした授業も実施。「スロービューティー」の提唱と普及のためにきもを活用中。通勤にも着ている。