佳兆
(かちょう)
39号から
刀匠 小宮六郎國天
リトアニア共和国での公開鍛練に参加して
去る、五月十日から十五日にかけて、リトアニア共和国アリトス市での日本文化盆栽フェスティバルに招待を受け、國平親方と写真家宮田昌彦氏と弟子四人(高見國一・清田國悦・石田国儔・私)で、日本刀公開鍛練のために渡欧した。
リトアニア共和国は日本文化に大変な理解があり、会場では盆栽や水墨画、着物、お茶など展示されていて、その中に私達の刀も十二振り展示され、日本にいるような錯覚をするほどでした。
私達の他に日本からは、盆栽師、津軽三味線の方々等が来られていて、ステージで実演されていました。
空路十六・七時間かけてのリトアニア共和国は海外旅行が初めての私にとってはやはり遠国でした。
十一日に会場へ行き、準備、オープニングセレモニー。十二日午前中は沸かし・鍛練でした。
鍛練は屋外であり、雨も降り、また、松炭が輸送出来ず、リトアニア製雑木の炭だったので、沸かしは難しく、しかし親方は三人の先手で無難に行われた。
初めて見る日本刀の鍛練を、見学者の方々はその場を動かず質問も多く大盛況でした。
午後からの親方の講演は、立ち見席が出るほど満員で、通訳は居られたが専門用語が通じないために工夫をして、弟子の紹介の後、私達が使っている道具を見てもらうこと、刀の見方等冗談を交えながらの2時間ほどでした。
日本の木製箱形鞴は珍しく、構造から見ていただき、手槌、向う槌というような順番で、手振り、身振りで説明し、向う槌は、希望者に舞台に上ってもらい重量や振り方の説明となった。その後の質疑応答は、質問が多く講演時間を過ぎるほどだった。
会場から「もう一度、鍛練をしてほしい」という要望があり、再度鍛練をする事になった。
十三日は、午前中の講演で、刀の見方やDVDを見てもらい、この日は午後から焼き入れの公開となり、刀身への土置き等を見学者は興味深く見ていた。 焼き入れは、屋外の為、明るく火の色も見えなかったが、まずまずの焼きが入り親方はほっとされていた。窓明け(部分的に刃文を見る)も行ないその公開に、刃文の出る不思議さにいつまでも人垣は絶えなかった。日没は午後10時頃で夜の短いことと時差ぼけで疲れも重なった。
リトアニア在住の愛刀家野場文則氏のご尽力により、いろいろの法律上の制約を受けながらも、そして個人の雑費用の捻出にも苦労をしたが、第二次大戦で杉原千畝氏の善行が残した親日の気風が今も大きく生きていて、子供たちが「コンニチハ」「サヨウナラ」と声を掛けてくれたり、日本人と結婚されているご夫婦が居られたり、日本に留学した学生も多く私達を勇気づけてくれた。
これを機に、日本の伝統文化はもちろんであるが、我々が携わっている日本刀という文化が、世界に広がっていくことを願うばかりです。