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佳兆(かちょう)

28号から
 
作家 山本兼一
第四回吉野会の風景

 八月の終わり、今年も、恒例のように、東吉野村にある河内國平親方の鍛刀場に、弟子達が集まった。
 一日目の昼には、すでに全員が到着。鍛刀場の二階の仕上げ場に大きな白い布が敷かれ、持ち寄った作品が並べられた。
 
 今年の新作刀展で努力賞を獲得した高見國一刀匠の薙刀をはじめ、末備前を狙った清田國悦刀匠の作品など、いずれも個性豊かな作品ばかりである。「今年の新作刀展では、成績がいまひとつパットしなかったのが残念やけど、それぞれ違う刀を打つようになった。個性がでてきたのは嬉しいことやね。」 と、河内親方はいう。
 清田刀匠は、この二年ばかり、末備前の作風をねらっているとか。
 「ある愛刀家の方に祐定の名品を見せていただいたのがきっかけなんです。備前といえば、皆さん、どうしても鎌倉期の一文字派に目が向きがちですが、末備前にもすばらしい一級品があるのを知って、挑戦したくなりました」腰開きの互目に焼いた刃紋はどっしりとした落ち着きがあり、清田刀匠の心意気を存分に伝える出来栄えである。河内親方は、このところ、幕末の刀匠「水心子正秀」が書いた作刀の理論書「刀剣辧擬」を熱心に研究している。
 そのなかに、炭素含有量の多いズクを卸すことなく、そのまま刀身に鍛え上げる方法があると書かれていたので、親方は、独自の工夫を重ねた結果、ズクをそのまま鍛えて短刀を打ち上げた。
 応永年間(1394〜1428)までの製鉄ではそれ以後とちがって銑鉄しか作らなかったので、親方の試みは、古刀を知る上で、まったく画期的な実験である。
 この成果は、いずれ、親方自身が、まとめて報告する予定だとか。
 お互いの作品や、親方所蔵の「金重」「光世」の短刀を鑑賞し会えば、刀剣談義は、いつまでも尽きない。
 ふだんは、酒を口にしない親方も、この夜ばかりは、ビールで口を湿らし、いつにも増して、弁舌が鮮やかだった。
 「仕事は、下手がいいんや」親方の師宮入昭平氏の臨終に際して、狂言師野村万蔵氏が河内親方に言ったという言葉が、みょうに印象深く耳に残る吉野会だった。(山本さんは、本年度「松本清張賞」を受賞されました。)